スマートフォンはとても便利な端末です。メールの送受信、インターネット検索、SNSなんでもできてしまいます。しかし、その便利さゆえに、画面に気を取られて危険の察知が遅れてしまうこともあるでしょう。
今回は芝浦工業大学の三好匠先生にお話を伺いました。先生方が開発に取り組んだ「気付かせアプリ」を通して、歩きスマホの危険性を改めて考えてみましょう。
- 三好 匠(みよし・たくみ)
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芝浦工業大学 システム理工学部 電子情報システム学科 教授・国際交流センター長。博士(工学)(東京大学)。
東京大学工学部電子工学科卒業。早稲田大学国際情報通信研究センター助手、パリ第6大学(フランス,現ソルボンヌ大学) 情報学研究所客員研究員を経て現職。
研究テーマの一つに「P2Pネットワークを用いた位置依存形コミュニケーションシステム」の開発がある。2020年に論文「一時的UXを向上させ利用意向度を高める歩きスマホ防止アプリケーション」がヒューマンインタフェース学会で論文賞を受賞。
ー先生は「歩きスマホ」がなくならない理由は何だと思われますか?
事故につながる危険な「ながら行為」は「歩きスマホ」に限ったことではありません。
しかし、例えば運転中に携帯電話やスマホを操作する「ながら運転」には罰則がありますが、歩きスマホにはないですよね。それは、歩きスマホの危険行為に明確な線引きをするのが難しいからだと言えます。
歩きスマホについて「ここまでなら安全だ」と明言できないのは、周囲の環境によって危険度が変わるからです。
例えば、人も車も通らない野原なら「走りスマホ」をしたって誰かを巻き込む心配はないですよね(笑)。これがラッシュ時の駅構内なら、必ず誰かにぶつかって迷惑をかけてしまうでしょう。
この明確なルールが定まっていない状況で「歩きスマホをやめてください!」と呼びかけても、全員が従うのは難しいと思います。罰則ができたとしても、「捕まらなければ大丈夫だから」とこっそり歩きスマホする人は出てくるはずです。
歩きスマホをやめない、やめられない状況も様々です。「自分は周囲に気を配れているから安全だ」と自信を持っている人もいれば、急ぎの連絡などがあってやむを得ず触ってしまう人もいます。
心のどこかで歩きスマホは「便利だ」「効率的だ」と考える人もいるようです。移動しながら連絡・調べものを同時にすることで、自分は時間を上手に活用できていると思うのでしょうね。
以上のことをふまえると、歩きスマホ禁止を徹底することは難しいと考えます。
ー携帯電話各社では、歩きスマホ対策を行ってこなかったのでしょうか
大手キャリアでは、すでに「歩きスマホ防止機能」が用意されています。
ドコモの機能が発表されたのは2013年です。「あんしんモード®」アプリをダウンロードして「歩きスマホ防止機能」を設定すれば利用できます。
auの「歩きスマホ注意アプリ」も、ずいぶん前にリリースされたものです。歩行を検知すると画面が操作できなくなる(画面が読みにくくなる)仕組みで、これはドコモの「歩きスマホ防止機能」も同じです。立ち止まると再び操作できるようになります。
ソフトバンクにもドコモやauと同様のサービス「STOP歩きスマホ」がありました。しかし、2020年9月30日をもって終了しています。
スマホには慣性センサ(加速度センサ)やジャイロセンサ(角速度センサ)が搭載されていて、大手キャリアの歩きスマホ防止機能はこれを利用しています。このセンサが「歩いているような動き」を検出すると反応するので、画面を見ていなくても止めてしまうんです。つまり過剰に止めているわけですね。
こうしたスマホの使用を強制的に中断させる機能を、たとえ無料であってもユーザーは進んでダウンロードしません。ニーズがないのでソフトバンクもサービスを終了したのでしょう。
ーそれで先生は「歩きスマホ防止アプリ」の提案に取り組もうと思ったわけですね
歩きスマホを禁止するアプリを、誰もが使ってくれたら何の問題もありません。しかし、不便を感じてダウンロードされないというのが実情です。
そこで、私たちは「スマホユーザーに使ってもらえるアプリ」を提案しようと考えました。本当に危険を察知した時に止めてくれるアプリなら、今よりもずっと普及すると思ったのです。
「没入度」と「環境危険度」をもとに注意喚起するシステムを開発
ー先生方は「スマホユーザーに使ってもらえるアプリ」の開発に、どのように取り組まれたのでしょうか?
私たちが取り組んだ「歩きスマホ注意喚起システム」では、「没入度」と「環境危険度」を指標にした注意喚起を行おうと決めました。各指標についての研究は、当時学生だった2名にそれぞれ担ってもらっています。
没入度は、ユーザーがスマホの画面をじっと見ているかどうかを判断するものです。つまり、ユーザー自身に存在する内的な危険要因ですね。環境危険度は、前方の歩行者や階段といった、ユーザーとは別の外的な危険を判別するために必要です。
この2つを同時に検知すれば、ユーザーがスマホの画面に気を取られている状況において、周囲に危険が迫れば知らせることができますね。強制的に操作が中断されるわけではないので、ユーザーもそれほど不快に感じないはずです。
ー没入度や環境危険度を、どのように検出するのでしょうか
没入度にはインカメラ、環境危険度には超音波センサと赤外線センサを使いました。
インカメラでは顔の傾きを判別します。スマホのカメラで撮影しようとすると、自動で顔に焦点を合わせてくれますね。あの機能を利用しました。
画面を見つめると顔の認識値は大きくなり、注視状態であることがわかります。画面から目を離すと認識値は低くなり、非注視状態を判別します。この注視・非注視状態を決める作業が大変でしたが、とても面白かったです。
環境危険度でも、最初カメラ機能を利用しようと考えていました。ところが、実際に学生にスマホを持ってもらって試したところ、カメラのレンズは足元を向いてしまうことがわかったんです。これでは前方確認ができません。
そこで、スマホの背面にセンサを取り付けることにしたんです。スマホに直接センサを取り付けられないので、3Dプリンタでスマホケースを作り、上部に超音波センサを2つ、下部に赤外線センサ1つを搭載しました。
センサは可動式になっていて、スマホを持つ角度に応じて動くようになっています。
2つの超音波センサは数十メートル先の歩行者や障害物を検知するものです。微妙に左右へ角度をずらすことで検知範囲を広げていて、両方のセンサが反応すると正面に歩行者がいる、つまりぶつかる可能性が高いことがわかるようになっています。
赤外線センサは少し下向きになっていて、前方の下り階段も検知できるようにしました。数メートル先の階段がわかる仕組みです。
このスマホとケースはBluetoothでつながっています。

段階を追って注意喚起していくことでユーザーの不快感を減らす
ー「歩きスマホ注意喚起システム」では、センサで検知された情報をもとにどう注意喚起するのですか?
まず、没入度については次の3段階に分けて注意喚起を表示するようにしました。
- 画面の下部分にポップアップで「顔を上げましょう!」の通知【操作は可能】
- 「周辺注意」のピクトグラムを画面にオーバーレイさせて(重ねて)通知【操作は可能】
- 画面全体に操作中止を求める警告文を表示【操作不可能】
大手キャリアのスマホ防止機能とは異なり、すぐに操作不可能になるわけではありません。段階を追って注意喚起していくことで、不快に思うユーザーは減るのではないかと考えました。
環境危険度については、画面のふちを色で囲んで注意喚起したり、障害物や段差など注意を向けさせる方向に矢印を表示したりすることにしました。こちらも危険の度合いを3段階に分け、青、黄、赤の順に色が変わり、赤になるとスマホが振動して危険を知らせてくれます。
ー危険度に合わせて注意喚起してくれるなら、本当に危ないタイミングがわかるのでスマホユーザーとしても嬉しいです
スマホユーザーに使ってもらうためには、アプリのUX(User Experience)つまり「ユーザー経験」を向上させる必要があります。そのためには、ユーザーに寄り添うこと、つまりユーザーフレンドリーであることが大事です。
禁止や強制だと、私たちはどうしても抵抗を感じてしまいますよね。そうではなくて、私たちは「使ってみたい!」と思ってもらえるアプリを目指したいのです。
歩きスマホ自体が危険であることは、もちろん承知しています。ですが、アプリは使ってもらえなければ意味がありません。
私たちが提案した「歩きスマホ注意喚起システム」は、歩きスマホをやめさせることはできません。しかし、一度立ち止まったり、スマホから目を離して周囲を観察したりするきっかけにはなりますね。
本当に危険なのは、歩きながらスマホを見続けること。それを防ぐための「歩きスマホ注意喚起システム」です。
ーセンサ搭載のスマホケースと「歩きスマホ注意喚起システム」を組み合わせることで、歩きスマホ防止アプリケーション「気付かせアプリ」が開発されたのですね
「気付かせアプリ」はスマホユーザーのことを考えながら、使いやすさを追究しています。
例えば、没入度に対する注意喚起も、一度顔を上げたら消える仕組みになっています。顔を上げている時間、再び画面に注視する時間などを細かく調整しました。
この調整についても根拠が必要だったので、ユーザーにアンケートを取っています。アンケートでは「5秒以上見ていると危険」という結果になったので、画面を5秒間注視すると操作を止めることにし、その前段階でポップアップとオーバーレイの注意喚起を入れることにしました。
ユーザーフレンドリーになるためには、ユーザーの声を丁寧に拾うことが大事です。
「気付かせアプリ」の実験結果と実用化までの道のり
ー歩きスマホ防止アプリケーション「気付かせアプリ」を使って、どのような実験をされたのでしょうか
実験は研究室のある建物で、廊下と階段を利用しました。これがもう、本当に大変だったんです(笑)。
実験で一番難しかったのは、被験者に「歩きスマホ」をさせなければならなかった点です。危険な行為をさせるのですから、綿密な打ち合わせの上でエキストラを配置しました。

実験後、被験者にはアンケートに答えてもらったのですが、質問例としては次のようなものです。
- 注意喚起によって危険を感じとれたか?
- 注意喚起のタイミングは適切だったか?
- 注意喚起は不快でなかったか?
- このアプリを将来的に使いたいか?
実験では、従来方式の、すぐに操作を止めるアプリもスマホに実装して体験してもらいました。従来方式と私たちの提案方式「気付かせアプリ」を比較する必要があったからです。
結果として、提案方式では、従来方式より不快感を抑えられ、危険回避にも有効であるとユーザーに認識されました。また、約半数が、将来的に提案方式のアプリを使ってみたいと回答してくれました。
ー「気付かせアプリ」の実用化には、どのようなハードルがありますか?
センサとバッテリーの問題があります。
市販されているスマホには超音波センサや赤外線センサはついていません。論文賞をいただいたのは2020年ですが、「気付かせアプリ」の研究自体は5年前に実施しています。この時は、スマホにこれらのセンサが搭載されるかもしれないとも考えましたが、どうも望みは薄そうです。
この先、センサ搭載のためだけにスマホ本体が大きくなることは考えにくいでしょう。よって、センサをスマホケースに搭載する必要がありますが、それには小型化と低コスト化が欠かせません。
また、没入度を検出するためには、インカメラを起動し続けなければなりません。カメラを起動しているとバッテリーを消費するので、ユーザーに親切とは言えないでしょうね。
最近ではバッテリーを搭載したスマホケースもあります。これにセンサも搭載されれば、あるいは実現可能かもしれません。
研究で作ったものは、とてもスマホケースと呼べるものではないですからね(笑)。提案方式で使用したセンサは大きいですし、とても壊れやすいんです。バッテリーと小さなコンピュータを外付けにしていますが、こちらもかさばります。
相互通信で周囲とつながれば、未来の可能性も広がる
ー先生は今後、どのような研究に力を入れていかれたいですか?
「気付かせアプリ」の研究では、Androidスマホのアプリケーションについてのノウハウができました。以降は、Androidを使ったユーザー端末上での通信について研究しています。
例えば、今なら位置情報を使った通信が普及しています。『ポケモンGO』もそうですが、特定の場所に近づいたら何らかの操作ができるというものです。
一方で、新型コロナウイルス接触確認アプリ『COCOA』は、端末同士で通信し合う仕組みです。Bluetoothを使ってどのスマホとすれ違ったかを記録しています。こうした周囲の人とつながる需要は、確実にあると考えています。
TwitterやInstagramなどのSNSに代表されるように、これまでは関係の近い人とインターネット上でつながってさえいれば、物理的な距離は重視されてきませんでした。しかし、これからは、コロナ禍における『COCOA』のように物理的な距離を知ることも必要になってくるでしょう。
物理的に近くにいる相手と互いに通信できるようになれば、未来の可能性はもっと広がると考えています。それをスマホなら実現できると思うんです。
ー物理的に近くにいる相手と互いに通信できるようになれば、未来はどのように変わりますか?
例えば交通事情も大きく変わるはずです。近くを走る車と互いに通信できるアプリを入れておくと、車間距離を把握・調整できます。
前の車が急ブレーキを踏めば、それがすぐに通信で届くので事故を防止できるでしょう。今は車載カメラがあれば検知できますが、相互通信なら前の車だけでなく、カメラには映らない2台前の車の急ブレーキだってわかるようになります。
周囲の車・歩行者の数や位置関係もわかるようになるでしょう。事前に危険を察知できる他、車や人通りが多い場所を避けて通行したい時にも便利ですね。
位置情報を使った相互通信は、ある種の“原点回帰”であるのかもしれない、と思うんです。ネットの世界だけではなく、リアルな世界にも目を向けられるようになるのではないでしょうか。
近くに集まった人とつながりたいと思った時も、相互通信がサポートしてくれるでしょう。例えば、同じキャンパス内にいる学生同士がつながることだってできます。
今は契約しているスマホのキャリアによって基地局が違ったり、学内のWi-Fiに接続していたりと通信環境はばらばらです。スマホで相互通信ができれば、コロナ禍でしばらくキャンパスを訪れることがなかった学生たちがキャンパスに戻ってきたときに、友達になるきっかけができるのではないでしょうか。